ビル売却の進め方と注意点|電通はリースバックを利用?
不動産投資の中で、難易度が高く敬遠しがちなのがビルです。 大手企業、電通の自社ビル売却の事例を紹介しながら、ビル売却の進め方やリーシングおよび修繕履歴の整理などについても解説していきます。
ビルはどのような理由で売却される?
ビルを売却する理由はさまざまです。どのような理由があるのかを見ていきましょう。
資金調達
ビルを売却する理由として最も一般的なのは、資金調達のためです。企業は、資金調達のために自社ビルを売却することがあります。自社ビルを所有することには、税金や維持管理費用がかかります。
そのため、経営的な判断から自社ビルを手放すことで、現金化し、その資金を事業に回すことができます。
また、コロナ禍による業績の悪化や事業の方針変更などによって、不動産を手放す企業も増えています。たとえば、電通はコロナ禍で広告が減少したことによって本社ビルを約3000億円で売却しました。売却益は約890億円とのことです。
企業がビルを売却して資金調達を行う主な目的は以下のようなものが考えられます。
- 事業拡大や新規事業への投資
- 売却資金を活用して、既存事業の拡大や新規事業への参入を図る
- 設備投資や研究開発費用に充当することで、競争力の強化を目指す
- 財務体質の改善
- ビル売却により得られた資金で、借入金の返済や自己資本比率の向上を図る
- 金利負担の軽減や財務リスクの低減を通じて、企業の財務健全性を高める
- 株主還元の実施
- 売却資金の一部を株主配当や自社株買いに充当することで、株主還元を強化する
- 株主価値の向上を通じて、資本市場からの評価や信頼を高める
このように、ビルの売却は企業にとって重要な資金調達手段の一つであり、その目的は企業の経営戦略や財務状況によって異なります。ビル売却による資金調達は、企業の成長や安定性に大きく寄与する可能性があるため、経営者にとって重要な意思決定事項の一つといえるでしょう。
不動産価格の上昇
不動産価格が上昇している場合、ビルを高値で売却できます。いずれ売却をするのであれば、不動産市場の好調なタイミングで売却することで、多くの売却益を見込めます。
ビルの価格は市況の影響を受けます。ビルの価格査定には、その収益力に基づいた「直接還元法」が一般的に使用されます。したがって、ビルの収益力に影響を与える市況の変動は、ビルの価格にも影響を与える可能性があると考えられます。
事業戦略の変更や業績不振
ビルの売却は、企業の事業戦略の変更や業績不振によっても検討される場合があります。事業環境の変化や競争の激化などにより、企業が特定の事業から撤退したり、事業の再編を行ったりする際には、関連する不動産の売却が検討されることがあります。
例えば、国内の製造拠点を海外に移転する場合や、不採算事業から撤退する場合などには、関連する工場や事業所の売却が行われることがあります。これにより、事業の効率化や収益性の改善を図ることができます。
また、業績不振に陥った企業が、財務体質の改善を目的としてビルを売却するケースもあります。売却によって得られた資金を使って、借入金の返済や運転資金の確保を行うことで、経営の立て直しを図ることができます。ただし、業績不振時のビル売却は、買い手側の交渉力が強くなるため、売却価格が低くなりがちです。
事業戦略の変更や業績不振によるビルの売却には、事業の効率化や収益性の改善、財務体質の改善、資源の再配分などのメリットがある一方で、売却価格の低下、売却先の限定、従業員への影響などのデメリットもあります。売却の是非や時期については、企業の経営戦略や財務状況を総合的に勘案して、慎重に判断する必要があるでしょう。
電通の自社ビル売却は「リースバック」
電通グループは2021年6月に東京・汐留の本社ビルを売却すると発表しました。コロナ禍による業績悪化やリモートワークにより出社率の低下など原因で、売却による資金調達や活用を図りました。
電通は譲渡益として約890億円を計上し、本社ビルはリースバックで11年間の賃貸借契約を結びました。リースバックとは、売却した不動産をそのまま賃貸借することで、建物の使用を継続しながら資金調達を行う手法です。電通はリースバックによって、コロナ禍で落ち込んだ業績の立て直しや事業再構築に向けた投資資金を確保する狙いがあったといわれています。
リースバックは所有権が変わるため、修繕費や管理費などのコスト縮減につながります。企業が自社ビルをリースバックするメリットをまとめると以下のとおりです。
- 早急に資金調達ができる
- 売却後も使用できる
- ビルにかかる税負担がなくなる
- 将来的に買い戻しができる
このように、ビルを単純に手放すのではなく、所有権は放棄しつつ、賃貸としてそのまま使用する方法もあります。まずは不動産会社に相談してください。
小田急電鉄の本社ビル売却
小田急電鉄は、2023年に本社機能を移転することに伴い、本社ビルとしている2棟のビルの売却を決断しました。
1棟は米国の投資ファンドKKRに売却され、もう1棟は第一生命保険などの国内投資家に売却されました。売却価格は合計で約1300億円と推定されます。小田急電鉄は保有資産の見直しを行い、新宿駅周辺で進める再開発などに重点を置くことも売却の大きな理由です。
トヨタ自動車の本社ビル売却
2023年にトヨタ自動車は、所有する東京本社ビル(文京区)を売却し、品川オフィスへの移転を決定しました。同ビルは、電通と同様のリースバックで引き続き使用するもので、在宅勤務の定着による出社率の低下や、所有する不動産の有効活用を総合的に判断して売却を決めたとのことです。
売却による取得金額は非公表で、本社ビルについては、トヨタ不動産と三井不動産が、取得しました。
エイベックスの本社ビル売却
エイベックスは、音楽ライブ収入の落ち込みを補うため、東京都港区の本社ビルを売却しました。
このビルは、2017年12月に開業した地上18階建ての「エイベックスビル」で、2021年3月に、カナダの不動産投資ファンド「ベントール・グリーンオーク株式会社」に約720億円で売却しました。
エイベックスは、本社ビル売却によって2年ぶりの最終黒字となりました。
ビル売却の進め方
ビル売却は以下の手順で進めていきます。
- 売却計画の策定
- 必要書類の整理
- 売却価格のシミュレーション
- 仲介会社の選定
- 売却活動、レポーティング
- 売却先の調査
- 売買契約締結
- 決済、引渡し
ポイントは、不動産仲介会社に任せきりにするのではなく、自らが売却を主導することです。仲介会社は仲介手数料を享受することが目的であり(早く契約をまとめて、手数料を獲得したい)、ビルオーナーと視点(売却益を最大化したい)が異なるためです。
売却計画の策定
いつ、誰をターゲットに売却するのかなど基本的な計画を立案します。 ビルの売買は、住宅などと異なり、売り出してすぐ成約することは少ないです。経済や金融市況、不動産マーケットなどを把握し、しっかりとした売却計画をたてましょう。また、ビル売却の目的により、設定する価格は異なります。まずは売却目的を明確にしましょう。 さらに、不動産市場やビルの需要・供給バランスなどにより、一般的な住宅などより、変動が大きい傾向にあります。物件の価値が高くなるタイミングを見極められたら、より高い価格で売却できます。
必要書類の整理
売却計画ができれば、売却に必要な書類をまとめます。主な必要書類は以下のとおりです。とくに価格の大きな決定要素になる賃貸借契約書、修繕記録などはしっかり整理しましょう。また建築確認申請証や検査済証はないと売却できないケースがあるため、必ず確認が必要です。
- 賃貸借契約書(覚書等を含む)
- 登記事項証明書
- 建築確認済証、検査済証
- 登記済証
- 固定資産評価証明書
- 住宅地図
- 建物図面
- 公図
- 地積測量図
- 修繕履歴一覧、予定工事計画
- 管理契約書、付随契約書
- 管理経費一覧表
- 消防、建築設備等の各種点検報告書
- 付帯設備表
- 館内規則
売却価格のシミュレーション
必要書類が整ったら、売却価格のシミュレーションを行います。ビルの売却では収益価格(該当する建物が将来生み出すであろうと予測される価格)が重要視されます。収益価格は直接還元法により簡単にイメージがつかめます。求め方は以下のとおりです。
NOI(NetOperatingIncomeの略)とは、純営業収益のことで、総賃料収入から管理運営にかかる費用(固定資産税、管理費、修繕費等)を控除したものです。 還元利回りは、立地、用途、物件規模、築年数などに応じて増減します。周辺取引事例を調べ、売却したいビルの還元利回りを仮定していきます。また収益価格以外にも専有単価(価格 ÷ 専有面積)、一種単価(容積100%あたりの土地単価)は把握しておくようにしましょう。
収益価格のシミュレーション
以下の条件でビルの収益価格をシミュレーションしてみます。
- ビルの年間NOI:5,000万円
- 専有面積:300坪
- 土地面積:80坪
- 容積率:500%
- 周辺取引事例から還元利回り4.0%前後が期待できると仮定
還元利回り | 収益価格 | 専有単価 | 一種単価 |
---|---|---|---|
3.8% | 131,578万円 | 438万円/坪 | 328万円/一種 |
4.0% | 125,000万円 | 416万円/坪 | 312万円/一種 |
4.2% | 119,047万円 | 396万円/坪 | 297万円/一種 |
仲介会社の選定
不動産仲介会社は、ビルの売買実績が豊富な大手の会社がおすすめです。ビルの買い手は、個人投資、事業法人、プロの不動産会社などさまざまです。住宅を売却する場合とターゲットが異なることが多く、店舗や事務所物件の目利きが出来る仲介会社は限られています。 そのため、会社として情報が多く、経験のあるスタッフが多い仲介会社を選定してください。必ず複数の会社に相談し、それぞれから売却提案を受けるようにしましょう。 仲介会社の力量でアプローチできる買い手候補が決まるため、支払う仲介手数料など目先の利益にとらわれず、実績や信頼性を重視して慎重に決定する必要があります。
売却活動のレポーティング
売却活動の開始後、決して仲介会社に任せきりにせず、定期的な進捗報告を受けるようにします。営業担当者が直感で活動しないよう、まず営業する先をリストアップして貰うとよいでしょう。適宜、営業リストをアップデートしてもらい、売却活動の進捗報告を受けるようにしてください。 売却活動がうまく進捗しないようであれば、設定した売却価格やスケジュールの見直しを行いましょう。また仲介会社に問題があるようであれば、仲介会社の変更も検討しましょう。 ビルの売却は専属専任媒介契約にすべきという情報がありますが、これは仲介会社目線の話です。仲介会社との契約は、一般媒介契約で問題なく、柔軟に委託先を変更できるようにしておきましょう。
売却先の調査
売却活動が進み、購入意向申込書を受領したら、買い手の調査をしっかり行います。支払い能力はもちろんのこと、反社会的勢力排除の対策として反社チェックは欠かせません。 ビルの場合、買い手は個人でなく法人になることが多いです。仲介会社で売却先候補の詳細調査ができない場合、付き合いのある取引銀行などに依頼するとよいでしょう。また帝国データバンクや東京商工リサーチなどを活用すると精度が高い調査ができます。
売買契約締結
売買契約は、弁護士に契約書のリーガルチェック・契約審査を依頼し、法務リスクを可能な限り回避することをおすすめします。不動産売買契約書にはおおむね以下の事項を記載します。
- 売買物件の表示
- 売買代金、手付金等の額、支払日
- 所有権の移転と引渡し
- 公租公課の清算
- ローン特約
- 付帯設備等の引渡し
- 手付解除
- 引渡し前の物件の滅失および毀損に関する事項
- 契約違反による解除
- 契約不適合責任
- 特約事項など
売買契約書は仲介会社が作成するのが一般的ですが、契約作成段階から弁護士に依頼したほうがよいでしょう。買い手との交渉で主導権を握るため、売買契約書はこちら側で作成し、買い手に渡すようにしましょう。
ビル売却のメリットとデメリット
企業がビルを売却するという選択肢を検討する際、そのメリットとデメリットを慎重に吟味することが不可欠です。ビル売却はビジネスにおける重要な意思決定の一つであり、短期的な利益だけでなく、長期的な視野に立って判断する必要があります。以下では、ビル売却のメリットとデメリットについて詳しく見ていきましょう。
ビル売却のメリット
- 資金調達の実現
- 財務体質の改善
- 資産の有効活用
- 経営資源の集中
ビル売却は、企業にとって大きなメリットをもたらす可能性を秘めています。何より、多額の資金調達が実現できるでしょう。この資金は、新たな事業への投資や設備の刷新、あるいは借入金の返済など、様々な用途に活用できます。加えて、売却代金を有効に活用することで、財務体質の改善も期待できるでしょう。
借入金の圧縮や自己資本比率の上昇は、企業の信用力を高め、より有利な条件で資金調達ができるようになるかもしれません。さらに、リースバックによってビルを売却後も継続使用できれば、資産を有効活用しつつ、所有に伴うコストやリスクを抑えることができます。加えて、ビル管理の手間から解放されることで、経営資源を本業に集中させることが可能となります。これは、業務の効率化や収益性の向上に寄与するでしょう。
ビル売却のデメリット
- 賃料負担の発生
- 将来の不確実性
- キャピタルゲイン課税
- 従業員への影響
しかし、ビル売却にはデメリットも存在します。売却後にリースバックでビルを借りる場合、家賃の支払いが新たな負担となります。長期的に見ると、この賃料負担が所有していた時のコストを上回ってしまう可能性も否定できません。また、ビルの所有権を手放すことで、将来の賃料変動や立ち退きのリスクといった不確実性が生じます。事業計画やオフィス戦略に少なからず制約が発生するでしょう。
さらに、ビルの売却益に対するキャピタルゲイン課税は、予期せぬ税務コストを生み出すかもしれません。加えて、売却に伴うオフィスの移転や職場環境の変化は、従業員の士気や生産性に影を落とす恐れがあります。社員とのコミュニケーションを丁寧に行い、不安を払拭する努力が求められるでしょう。
ビル売却の注意点
ビル売却には、一般住宅とは異なる注意点が多くあります。事前に確認し、損をしたりトラブルに巻き込まれたりすることがないように注意してください。
リーシング
ビルの価格は、立地、築年数などのさまざまな要因が影響しますが、テナントの稼働率や賃料が非常に重要なポイントになります。稼働が高く、収益率の高いビルはマーケットから高く評価され、高い売却価格につながります。
テナントを誘致する業務のことをリーシングといいますが、リーシング業務は不動産投資で最も大切なものです。優良テナントを入居させたり、既存のテナントの満足度を向上させたりすることなどによって、賃料の増加を図ることが求められます。
そのため、売却活動に入る前に極力空室を減らしておくことが重要です。空室が埋まらない場合は、フリーレントも検討しましょう。フリーレントとは、入居してから数カ月の間だけ賃料を無料にすることです。
なお、築古のビルの場合、建替え前提で購入を検討する投資家もいます。その場合、既存テナントの立退き費用を抑えるため、空室が多いビルのほうが投資しやすくなります。建替え前提で売却できるか検証するには、前述した専有単価や一種単価が重要になります。周辺取引事例を分析し、可能性を検討しましょう。
修繕履歴
適切に修繕が実施され、大規模な改修を行ってきたビルは、安全性が高い物件として、買い手から高く評価されます。そのため、修繕履歴は確実に残しておきましょう。いつ、どの会社に、どの工事を行ったか、工事報告書と一緒にエクセルなどで履歴を残しておいてください。修繕履歴がない場合、買い手は築年数に応じた保守的な修繕費用を計上することになります。
またビルの規模が大きくなるほど、買い手はデューデリジェンス(物件調査)の一環で、エンジニアリングレポートを取得するのが一般的です。エンジニアリングレポートとは、対象ビルの遵法性調査、建築物の劣化診断、将来必要となる修繕更新費用の試算、アスベストやPCB(有機塩素化合物)などの環境診断、所在地の土壌汚染リスク、地震リスク評価などの調査を行うものです。
エンジニアリングレポートの修繕更新費用は、今後10〜12年間の想定費用が試算され、買い手はこの金額をベースに投資判断をしてきます。修繕履歴がない場合や売却物件の規模が大きい場合、あらかじめエンジニアリングレポートを取得しておくことで、スムーズに売却活動が行えます。発注金額は物件規模や発注先により異なりますが100万円程度です。
また消防設備点検や建築設備点検で不具合のあるものは、できる限り売却活動前に是正しておきましょう。ビルは売買価格が大きく、大抵の買い手は銀行などから借入を行い投資します。そのため遵法性確保が購入条件となることが多いので、あらかじめ対応しておくことが望まれます。
テナントとの調整や引き継ぎ
ビルを売却する際には、テナントとの調整や引き継ぎも重要な注意点の一つです。ビルの所有者が変わることで、テナントに不安を与えたり、トラブルが発生したりすることがないよう、丁寧な対応が求められます。
売却前には、テナントに対して売却の事実を通知し、理解と協力を求める必要があります。その際、賃貸借契約の継続や賃料の変更の有無、管理会社の変更などについて、明確に説明することが重要です。テナントとの信頼関係を維持することで、売却後もスムーズな引き継ぎが可能となります。
また、売却先への引き継ぎ資料として、賃貸借契約書や図面、設備の取扱説明書などの関連書類を整理し、提供することも忘れてはいけません。これらの資料は、売却先が円滑にビル管理を行う上で欠かせないものです。
さらに、テナントから預かっている敷金や保証金の引き継ぎも重要なポイントです。売却先との間で、これらの預かり金の金額や返還時期などを明確にしておく必要があります。
テナントとの調整や引き継ぎを適切に行うことで、売却後のトラブルを未然に防ぎ、円滑な所有者変更を実現することができるでしょう。
大手住宅メーカーの注文住宅販売や不動産テック企業の仲介業務に4年間携わり、不動産取引にかかわった件数は350件以上にわたります。2021年よりリビンマッチコラムの執筆・編集を担しています。皆さんが安心して不動産取引を行えるよう、わかりやすくリアルな情報を発信します。
この記事の編集者
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